AI推進は"社内マーケティング" 現場キーパーソンが語る、導入の壁と突破の実例

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多くの企業がAI導入の過程で直面するリアルな悩み。その解決のヒントを探るべく開催された本セッションでは、業界もカルチャーも異なる企業でAI推進をリードする"現場のキーパーソン"が集結。「誰も使わない」「現場の抵抗が強い」といった導入初期の壁から、全社を巻き込むための具体的なアプローチ、さらにAI活用が浸透した先にある「質の向上」という次なる課題まで、生々しくも示唆に富んだ議論が繰り広げられました。

お話を伺った方々

株式会社Sales Marker 代表取締役 CEO
小笠原 羽恭 様

新卒で野村総合研究所に入社し、新規事業開発に従事。その後、戦略コンサルティングファームにて、新規事業戦略・営業変革・DX推進プロジェクトを多数リード。
2021年に株式会社Sales Marker(旧:CrossBorder株式会社)を創業。国内初の「インテントセールス」を実現するソリューション『Sales Marker』を開発・提供し、BtoB企業の営業・マーケティング活動における"顧客起点"の成長戦略の確立を支援。インテントセールスの第一人者。
さらに2025年、『Sales Marker スーパーエージェント』をリリース。営業に限らず、企画、マーケティング、人事、経営など多様な職種の業務において、意思決定・資料作成・タスク実行・記録管理などをAIが一気通貫で支援することで、生産性と成果を飛躍的に高める革新をもたらしている。

株式会社メルカリ AI/LLM室
ハヤカワ 五味 様

高校生の頃からアクセサリー類の製作や販売を行い、多摩美術大学入学後ランジェリーブランド「feast」、2019年にフェムテックブランド「ILLUMINATE」を立ち上げ、2022年にM&Aでユーグレナグループにジョイン、「feast」を㈱ブルマーレに事業譲渡。2024年7月より、㈱メルカリにて全社の生成AI推進を担当。

SALES ROBOTICS株式会社 AI Innovation室 室長
高木 康介 様

WEBプロデューサを経て、トランスコスモス株式会社にてWEB制作事業のプロジェクトマネジメント、組織マネジメントを経験後、グロービス経営大学院にて主に製造業向けの人材育成、組織開発コンサルティングに従事。
その後「組織は人なり、教育なり」という思いから、株式会社リクルート(旧 株式会社リクルートマーケティングパートナーズ)にて、英会話サプリ、スタディサプリ ENGLISH、リアルドラゴン桜プロジェクト等のまなび領域における事業開発・推進に従事。
現職ではインサイドセールス領域の新規事業(内製化支援)の開発を行った後、生成AIに関しての戦略構築、社内推進、業務改善(BPR)案、システム開発、人材育成、社外アライアンスを推進。

トヨタコネクティッド株式会社 AI/InfoSec統括部 エンゲージメント室 Executive AI Director
川村 将太 様

2012年より楽天グループでUXデザイナーを務め、100万人以上のユーザーを持つ複数サービスのUX改善と進化に従事。2023年よりトヨタコネクティッドにて全社AI戦略の策定・推進をリード。同時にフリーランスとしてAI時代における企画・デザインプロセスの進化や、ユーザー体験デザインを行う。

プロトスター株式会社 執行役員 兼 テクニカル部 部長(モデレーター)
木村 圭佑 様

建築系の大学を卒業後、Webエンジニアを目指しデジハリに入学。デジハリでは、Webデザインとプログラミングを学ぶ。デジハリ卒業後、アイレット株式会社に入社し、大手ゴルフ場予約サイトの開発に従事する傍ら、事業部長及び情報管理セキュリティ責任者も兼任。その後、独立しフリーランスエンジニアとして、複数の事業会社にてエンジニア及びPdMとして参画。2022年6月よりプロトスターに参画し、技術領域を統括。地元船橋のまちづくりNPO法人情報ステーションの理事として、まちづくり活動にも従事している。

「誰も使わない」「なんとなく怖い」… AI導入初期に直面したリアルな壁

木村:まずは、AI導入の初期段階で、皆さんが直面した「リアルな壁」について教えていただけますでしょうか。成功事例だけでなく、失敗談も含めてお伺いしたいです。

高木:正直、失敗だらけでした。私がAI推進の組織を立ち上げた2年前は、今ほどAIの精度も高くなく、社内に事例も皆無。最初に有料版のGPTを何人かに配布してテスト的に使ってもらったのですが、全く使われませんでした。
やはり、自分の業務に直結する「意味」がなければ浸透しないと痛感しました。そこから、「何のためにAIを使うのか」という目的設定から始め、全社会議や朝礼で「AIは怖いものではない」と繰り返し発信。本当に丁寧にDXのプロセスを踏むことからやり直しました。

ハヤカワ:AIに対する「怖さ」という点で、私も社員が抱く抵抗感の正体を探るために、AIを怖いと思っている方に直接ヒアリングを重ねたことがあります。
その結果、「分からないことが怖い」というシンプルな答えに行き着きました。
だからこそ推進する際は、難しい理屈より「便利かも」「面白いかも」と感じてもらえる体験を、まず提供することが大切だと思っています。

川村:私の場合は大企業特有の壁、つまり「組織をどう動かすか」という点に苦労しました。最初はとにかく経営層の理解を得るところからスタートしました。入社して3日後には、役員陣にAIの必要性を熱弁して回ったのを覚えています(笑)。
その上で、日本的な企業風土の中では、トップダウンの「強制力」も時には必要だと考え、いち早く全社でのAI教育を義務化しました。

AI推進の鍵は"社内マーケティング"ー社員の心を動かすマインドセット

木村:なるほど、「使われない」「怖い」「組織が動かない」といった壁は、多くの企業が直面しそうですね。そうした壁を乗り越えるために、皆さんはどのような考え方で推進されたのでしょうか?

小笠原:私は、AI推進は「社内マーケティング」そのものだと考えています。
マーケティングの大家であるピーター・ドラッカーは「イノベーションとマーケティングが重要だ」と言っていますが、AI推進でも全く同じです。
新しいAI技術というイノベーションを、社員にどう届けるか。大切なのは「使え」と押し付けることではありません。「自分も使ってみたい!」と思えるような魅力的な成功事例を社内に発信していくこと。このマーケティング視点こそが、ハレーションなく全社を巻き込んでいくための鍵だと思います。

ハヤカワ:小笠原さんのお話、すごくよく分かります。私も元々D2Cで商品を売る仕事をしていたので、感覚は非常に近いです。まさに、「顧客が社内のメンバーになった」という感じです。
「なぜ会社としてAIに取り組むのか」「なぜ今、私たちがやらないといけないのか」という目的や意義を丁寧に伝え続け、一人ひとりが「自分ごと」としてやる意味を見出せるようにコミュニケーションしていくことを常に心がけています。
最近よく言われる「センスメイキング(腹落ち)」を組織全体で醸成することこそ、AI導入を単なるツール導入で終わらせないための本質だと思います。

習慣化の秘訣は「AI筋トレ」と「ハッカソン」にあり

木村:目的を共有し、腹落ちしてもらった上で、次のステップは「使ってもらう」ことだと思います。社員にAIを日常的に使ってもらう、つまり「習慣化」させるために、何か具体的な工夫はされていますか?

高木:弊社では、「筋トレ」に近いアプローチを実践しています。
具体的には、営業担当者がAIを使って日報を作成することを、毎日徹底してもらいました。このシンプルながら効果的な方法は、まさに筋トレと同様です。3週間、1ヶ月と継続するうちにAIへの抵抗感がなくなり、自然と「次はこれを試してみよう」と、活用の幅を広げてくれるようになりました。

川村:私は逆に「業務から少し離れることも一つの手」だと学びました。
以前は業務での活用事例ばかり紹介していたのですが、それが逆にハードルを上げていた部分もあったのです。
もっと、「趣味の絵本をAIと一緒に作ってみる」といった、私生活で使えるような気軽な事例を紹介すればよかったと思っています。
AIの面白いところは、そうした趣味で得たノウハウが、驚くほど業務にも応用できることです。業務に閉じない、自由な発想を促すことが、結果的に活用の裾野を広げるのだと気づきました。

小笠原:弊社では「AIハッカソン」が非常に有効でした。
自社プロダクトのマルチAIエージェント「Orcha(オルカ)」を活用したAIハッカソンを、オフサイト合宿の場で開催しました。お題は「自社の課題を解決する新しいサービスのプロトタイプを作り、OrchaのAIスライド機能を使ってプレゼン資料まで作成する」というお題を出したんです。
すると、メンバーが本気で熱中してくれて、負けたチームが悔しがって「このサービスを実現したい」と改めてプレゼンに来るほどの熱量を見せてくれました。
楽しみながらも、半ば強制的にAIに没頭する「場」を作ることで、心理的な抵抗感が消え、習慣化が一気に進んだと感じます。

「AIのコピペ提出」をどう乗り越える?活用の"質"を高める次の一手

木村:利用が浸透した次の段階として、「AIの回答をそのまま提出する」といった質の課題が出てくるかと思います。多くの管理職が悩んでいると思いますが、これにはどう向き合っていますか?

ハヤカワ:その問題、社内でも時々クレームとして上がります。ただ、私はその背景を少し深掘りして考えるようにしています。
悪意を持ってコピペしているというよりは、「AIが書いた文章を客観的に評価する能力がまだ追いついていない」という、スキル的な課題の側面が大きいのではないかと感じます。
ですから、いきなり「ダメだ」と指摘するのではなく、例えば「これAIが書いたでしょう?コンテスト」のような、少しゲーム感覚で課題感をみんなで共有する場を作るのも面白いかもしれませんね。

小笠原:フィードバックの仕方は非常に重要ですよね。アウトプットそのものを指摘すると、相手が萎縮してAIを使わなくなってしまうリスクがあります。
そこで意識しているのは、フィードバックを「プロンプト」に対して行うことです。
「これAIが書いたでしょ」と言う代わりに、「このアウトプットだと、プロンプトがちょっとイケてないかもね」という伝え方をします。こうすることで、AIの利用は阻害せず、より良い使い方を本人に考えてもらうきっかけを作ることができます。

川村:さらに一歩進んだ話をすると、AIをうまく活用できない人と違い、AIをうまく活用できる人が持っている視点があります。彼らはAIに指示を出すだけではありません。逆に「AIから指示をもらえる人」なんです。
例えば、「君(AI)がベストなパフォーマンスを出すために、私が提供すべき情報を優先順位つけて教えてよ」というように、AIから思考のヒントを引き出しつつ、しっかりコンテクストを渡すことができる。AIを単なる作業ツールではなく、思考を深めるための「パートナー」として捉えられるかどうか。この差は非常に大きいと感じています。

最後に、AIネイティブな組織を目指す方々へのメッセージ

木村:非常に示唆に富むお話をありがとうございました。最後に、これからAI導入を本格化させたい、さらに推進していきたいと考えている方々へ、メッセージをお願いいたします。

川村:AI推進には二つの波があります。第1波は個人やチームの部分最適で日々の作業が速くなる段階です。ですが工程の一部が詰まっていると結局全体のスループットは上がりません。そこで第2波では、データ整備に加えて、端から端までのプロセス、権限、組織の再設計が必要になると考えています。自社がいまどのフェーズにいるのかを見極め、フェーズに合った戦略を選び、外部とも繋がりながら一緒に進めましょう。

高木:私が一番お伝えしたいのは、AIを使うことが目的ではない、ということです。何のために使うのかという目的が組織に理解されれば、AIは自然と使われていくはずです。テクノロジーだけでなく、それを使う私たち『人』をどうしていくかを、これからも考え続けていきましょう。

ハヤカワ:AI推進はDXに近くて、地味で泥臭い『筋トレ』のようなものだと思っています。短期的な視点だけでなく、会社としてどうなっていきたいかという長い時間軸で考え、みんなで納得して筋トレを続けられる環境を作ることが大切です。一緒に頑張っていきましょう。

小笠原:私が大事にしているのは、スティーブ・ジョブズの『Think different』という言葉です。常識にとらわれない使い方をどんどん発信して、それをイベントやデータベースで仕組み化していく。このサイクルを回すことで組織は必ず変わっていくと思うので、皆さんと一緒に進めていけたら嬉しいです。

見る、学ぶ、実践する。
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