お話を伺った方々
東京大学大学院情報学環教授 渡邉英徳様
東京大学大学院 情報学環 教授。情報デザインとデジタルアーカイブを研究。首都大学東京システムデザイン学部 准教授、ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所 客員研究員などを歴任。博士(工学)。 グッドデザイン賞、アルスエレクトロニカ、文化庁メディア芸術祭などで受賞・入選。
SF作家/編集者/コンサルタント 樋口恭介様
anon inc. CSFO、東京大学大学院客員准教授。『構造素子』で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞。『未来は予測するものではなく創造するものである』で第4回八重洲本大賞を受賞。編著『異常論文』が2022年国内SF第1位。他に、anon press、anon records運営など。
株式会社東西芸術代表取締役/MiakiGalleryオーナー KevinYang様
2003年に来日。京都大学大学院情報学研究科を修了後、日本IBMなどで経験を積み独立。複数事業を手がける傍ら写真作家として活動し、2018年に御苗場ソニー賞を受賞。2019年には京都大学大学院でメディアアート分野の特任助教を務めた。コロナ禍でも二つの事業を継続し、その後アート事業に注力。東京・西麻布でコンテンポラリーアートギャラリー「Miaki Gallery」を開廊し、日本人アーティストの国際発信を推進中。現在、東京大学でAIとストーリーテリングを研究し、生成AI時代における人間創造性の再評価を探究している。
東京大学前期教養課程一年 川内野穂香様
東京大学教養学部理科一類に在籍。高校時から高大連携の研究活動に取り組み、メンタルヘルス分野におけるAIの活用について研究を深める。同研究内容で、日本データベース学会主催「第16回データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム」にて最優秀インタラクティブ賞を獲得。この春、東京大学に推薦入試で合格し、人間社会におけるAIの活用方法について考察を重ねている。
人間の役割を揺るがすAIの脅威
渡邉:まずは、皆さんがAIと向き合う中で、ご自身の役割を奪われるような、あるいは存在が揺らぐような経験をしたことはありますか?
川内野:あります。高校1年生の夏休み、7時間かけて書いた読書感想文よりも、AIがたった1分で生成した文章の方が優れているという現実に直面し、愕然としました。本の要旨を少し与えただけなのに、そこから引用までして見事な文章を書いてくれたんです。
渡邉:私も似たような経験があります。半年近く放置していた重たい研究プロジェクトがあったのですが、AIに相談しながら進めたら、たった1時間で実装できてしまった。しかも、コンテンツの改善案のほとんどはAIからの提案でした。嬉しい反面、少しゾッとしましたね。
樋口:私もです。新しいAIモデルが出るたびに小説を書かせているのですが、Gemini1.5Proが出てきてから、短編という分野では「もう人間は勝てないな」と感じました。いよいよパラダイムが変わったと思いました。
Kevin:私は会社を経営していて、以前から「優秀な秘書が欲しい」とずっと思っていました。でもAIの登場で、その夢は達成されてしまった。今では3人のチームで大きな海外プロジェクトを回していますが、これは完全にAIの力です。人を新たに雇うことに躊躇してしまうほどですね。
AI時代の人の役割は「欲望」を持つこと
渡邉:皆さん、強烈な体験をされていますね。では、AIが人間の能力を次々と超えていく中で、私たち人間に残された役割とは一体何なのでしょうか。樋口さん、いかがですか?
樋口:一言で言うと、「欲望をいかに持つか」ということに集約されると思います。何をやりたいのか、何を解決せねばならないのか。その最初の動機や、世界の中からまだ誰も気づいていない論点を切り取る力は、人間にしかありません。私たちが使っているAIは、意図的に「自由意志」を持たないように調整されていますから。
渡邉:なるほど。プロジェクトの起点となる「目的設定」こそが人間の価値になる、ということですね。
Kevin:目的という点で言うと、フェイクがこれだけ簡単に作れる時代だからこそ、本当の「真実」の価値は逆に上がっていくとも考えています。AIが生み出すストーリーにただ没入するのではなく、その情報が真実かどうかを見極め、どう活用すべきかを考えることが重要になります。
樋口:まさに。AIは美しいものをいくらでも生成できますが、それが社会にとって「善」であるか、「真実」に基づいているかは問いません。美しさだけで人々を動員した過去のプロパガンダの例もあります。AIという強力なテクノロジーを、どのような「欲望(目的)」のために使うのか。その倫理観が、これまで以上に組織や個人に求められる時代が来ています。
変化が求められる教育現場
渡邉:川内野さんのように、物心ついた頃からAIが身近にある世代は、私たちとは全く違う感覚を持っているのかもしれません。教育現場の変化についてどう感じますか?
川内野:先生によってAIをどこまで使っていいかという線引きがバラバラなのは、生徒としてやりにくい部分はあります。ただ、生活の中でAIを使うことはすごく身近で、何かを調べる時も、まずAIに「どう調べればいいか」を聞いたりしますね。
樋口:川内野さんのお話にも通じますが、テクノロジーによって従来のゲームのルールが機能しなくなっていて、「読書感想文を書きなさい」というゲームは、もはや終わっているんです。決められた型に合わせて文章を書くことを競っても意味がない。これからはAIを使うことを前提に、「プロの書評家を凌駕するような作品を創る」とか、「読んだ本の紹介ムービーを創る」といったように、自分で新しいゲームのルールを作っていく人間が現れるでしょう。
渡邉:まさに私の息子がそうで、学校のテストの「問題自体が間違っている」ことをAIに証明させて、それを学校の先生に提出していました(笑)。知識を記憶するのではなく、AIを使いこなして目的を達成する能力が重要になっていますね。
AIが実現する「多様体」な人材と組織
渡邉:それでは最後に、これからの「組織と人材」はどうあるべきか、というテーマで皆さんの考えをお聞かせください。
川内野:組織の最終的な目的地点を決める部分は、まだ人間に残されていると思います。AIと共創するために求められるのは、そのゴールをいかに楽しく、面白く、人間にとって良いものに設計できる力ではないでしょうか。
Kevin:AIの出現は、人材のクリエイティビティを測る一つの大きなベンチマークになると思います。「AIを超えられるか」が重要な指標になる。そして、これまで「変人」で終わっていたような人が、これからは社会を大きく変える破壊的な人材になる可能性を秘めていると感じます。
樋口:これからの人材と組織は、「マルチプル(多様体)」になっていくでしょう。これまでは専門分野を極めたエキスパートが求められましたが、AIがあれば、エンジニアがビジネスのことを考え、ビジネスパーソンがアートの視点を持つことも容易になります。AIと共に働くことで、個人は自分の能力を超えて、多様な側面を持つ人材になれるのです。そうなれば、組織もまた、かつて理想論とされた柔軟な「アメーバ組織」のような、変化に強い多様体になることが現実的になります。
最後に、AIと共創する未来を担う方々へのメッセージ
渡邉:非常に示唆に富むお話をありがとうございました。最後に、会場の皆様へメッセージをお願いいたします。
川内野:AIを手段として使いこなす力は、私たち若い世代の方が得意かもしれません。でも、それを正しい目的のために使えるかは、経験を重ねないと分からない部分も多いと思います。手段と目的、その両方を大切にしていくことが必要だと感じています。
Kevin:AIを過小評価も過大評価もしないことが大切です。人間にしかできないことは必ずあります。AIを、自分たちのクリエイティビティを測る一つの良い指標として、うまく付き合っていくのが良いのではないでしょうか。
樋口:ビジネスもエンジニアリングもアートも、AIによって越境しやすくなっています。個人も組織も、AIの力を借りて多様な側面を持つ「多様体」になることで、どんな変化にも対応できるはずです。多様な人材、多様な組織を目指していきましょう。
渡邉:ありがとうございました。登壇者の皆さんの熱のこもった議論は、AIと共創する未来への大きな希望と、私たちが今から何をすべきかの具体的なヒントを与えてくれました。変化の激しい時代だからこそ、自らの「欲望」と「ストーリー」を大切に、未来を切り拓いていきましょう。