お話を伺った方
株式会社エクサウィザーズ はたらくAI&DX研究所 所長 石原 直子 様
銀行、コンサルティング会社を経て2001年からリクルートワークス研究所に参画。人材マネジメント領域の研究に従事し、2015年から2020年まで機関誌『Works』編集長、2017年から2022年まで人事研究センター長を務めた。2022年4月、株式会社エクサウィザーズに転じ、はたらくAI&DX研究所所長に就任。専門はタレントマネジメント、ダイバーシティマネジメント、日本型雇用システム、組織変革など。著書に『女性が活躍する会社』(大久保幸夫氏との共著、日経文庫)がある。近年は、デジタル変革に必要なリスキリングの研究などに注力する。
DXの次は「AX」
セッションの冒頭、石原氏は「労働人口の減少」「環境への配慮」「国際的な不調和」という、現代企業が直面する避けられない“制約”について言及しました。そして、これらの巨大な制約を乗り越える最も有力な手段がAIであると断言します。
これまでAIはデジタルの一部と見なされてきましたが、いまや主役の座にあります。石原氏はこの変化を 「DX(デジタルトランスフォーメーション)からAX(AIトランスフォーメーション)への転換」 と表現しました。
しかし、多くの企業がAXを推進する上で「最新技術を使っているか」という点ばかりを競いがちだと、石原氏は警鐘を鳴らします。真に問われるのは、AI活用によってどれだけ顧客や社会を驚かせられるか。石原氏は成功の基準を、 『Wow the Customers(顧客を驚かせる)』あるいは『Wow the World(世界を驚かせる)』に置くべきだと語りました。
AI導入によって生まれた時間を、従業員がどれだけ顧客体験の向上に振り向けられているか。その価値創造こそが、企業の競争力を左右するのです。
AIに代替されない人間の仕事とは
AIは具体的に私たちの仕事をどう変えるのでしょうか。石原氏は、ナレッジワーカーの仕事(調査→分析→企画→選択→実行)を分解し、衝撃的な事実を突きつけます。
私たちが『仕事』だと思ってきたことの多くは、AIが得意な領域だと指摘。調査や分析はもちろん、企画やロボットと連携した実行まで、AIは人間を凌駕しつつあるのです。
では、人間にしかできない仕事とは何でしょうか。石原氏は、現状では「アナログな世界を観察して仮説を立てる」ことに残されていると語ります。例えば場の空気感や人々の感情の機微を読み取り、データにはないインサイトを見出す力です。しかし、これも「フィジカルAI」の進化によって、いつかはAIの得意分野になる可能性を秘めている、と補足しました。
こうした時代において、働き方の基本になるのは「二刀流」だと石原氏は言います。
一つは、会社が提供する特化型AIエージェントを使い、定型業務を任せて効率化すること。もう一つは、個人に最適化されたAIアシスタントを「思考の壁打ち相手」として活用し、アイデア出しや企画を深めることです。
この二刀流を使いこなすことで、個人は組織の歯車ではなく、他者とは違う独自の仕事をする「プロ性」を発揮できるようになる。石原氏は、AI時代の人間の役割をそう位置づけました。
AI時代に淘汰されるマネージャーの共通点
現場の一人ひとりがAIとの「二刀流」でプロフェッショナル化していくと、組織には新たな問題が発生します。石原氏はその一例として「現場で迅速に進めたい仕事が、上長の確認待ちで停滞してしまう」という状況を挙げ、課長クラスの意思決定の遅さが新たなボトルネックになる可能性を指摘しました。
こうした背景を踏まえ、、AI時代には「消えるマネージャー」と「残るマネージャー」の二極化が進むと強調します。
- 消えるマネージャー:部下に分割された仕事を割り振り、それをまとめて上に提出するだけのマネージャー。個人の仕事がAIで完結する時代には、その役割は不要になります。
- 残るマネージャー:現場のプロたちの能力を信じて仕事を任せ、モチベーションを高め、成果の最大化を支援する「サポート型マネージャー」。
単に部下を管理・監督するのではなく、最高のパフォーマンスを発揮できるよう支援する「サーバントリーダーシップ」が、これからのマネージャーには不可欠になるといいます。それが苦手な人は、無理にマネージャーを目指すのではなく、AIを使いこなす一人のプロフェッショナルになる道を選ぶべきだと、石原氏は提言しました。
「デジタル人的資本」と「Do more with less」
議論の最後に石原氏が提示したのは、経営者がこれから持つべき新たな哲学です。キーワードは「デジタル人的資本」という新しい概念。
これは、従来の「人間の労働力」だけでなく、以下の3段階の労働力を自社の資本として捉え、投資していく考え方です。
- 人間の労働力
- AIによって拡張された人間の労働力(AI協働力)
- AIが単独で行う労働力(AI労働力)
労働人口が減少する日本において、この「デジタル人的資本」経営は必然だと石原氏は言います。
さらに、OpenAIのサム・アルトマン氏が提唱する「Do more with less(より少ない人数で、より多くのことを行う)」という哲学が、今後の組織運営のスタンダードになると予測します。石原氏は「事業規模の拡大と社員数の増加が比例する時代は終わりを迎える」と指摘。わずか10人、あるいは1人でもユニコーン企業が生まれる未来を予測し、日本においては「Do more with less」が選択肢ではなく必然になると強調しました。
AIに人の仕事が奪われる可能性は高い。だからこそ経営者には、安易な人員削減に走るのではなく、仕事がなくなった従業員に、新たな「Wow the Customer」に値する仕事を生み出し、任せるためのプランニングが求められると結論づけました。
まとめ
石原氏の講演は、AIがもたらす未来への期待感と同時に、変化に適応できない個人や組織が淘汰されるという厳しい現実を浮き彫りにしました。
しかし、そのメッセージは決して悲観的なものではありません。
個人は、AIに定型的な業務を任せることで「本当にやりたいこと」に注力し、AIを活用するプロフェッショナルとしての力を発揮できます。マネージャーは、管理者としての役割から、メンバーの成果を支援し最大化する役割へと変わります。経営者は、AIを活用した価値創造を主導する「AIインベスター」として組織を導くことが求められます。
AIに仕事を奪われることは、ある意味で避けられない未来です。しかしそれは、人間ならではの創造性を発揮し、より本質的な仕事に集中できる時代の幕開けでもあります。自分自身の役割や組織のあり方を、改めて見直すタイミングといえるのではないでしょうか。