生成AIの企業利用状況

生成AIのビジネス活用は本格的な導入期に入っています。東京商工リサーチの最新調査(2025年10月)では、企業の25.2%が生成AIを「利用している」と回答。その目的は「業務効率化」が93.9%と圧倒的で、人事部門でも同様の傾向が見られます。
『日本の人事部』の調査(2025年6月)によれば、人事部門での具体的な活用業務は以下の通りで、議事録の要約など定型的なテキスト業務から活用が進んでいることがわかります。
- 議事録や会議内容の要約:43.1%
- チャットボットでの質問対応:26.0%
- 従業員向け通知やメールの自動作成:20.6%
- 教育・研修コンテンツの作成:19.5%
一方で、導入の壁も明らかになっています。東京商工リサーチの調査では、AIを利用しない理由として以下の点が挙げられており、ノウハウや人材不足が大きな要因となっています。
- 推進するための専門人材がいない:55.1%
- 活用する利点、欠点を評価できない:43.8%
【参照元】
東京商工リサーチ:2025年「生成AIに関するアンケート」調査
日本の人事部:人事白書2025
生成AIを成功裏に導入するには、自社の課題を正確に把握し、どの業務から活用を始めるかを見極めることが不可欠です。
人事部門が抱えるリアルな課題
生成AIの活用法を考える前に、人事部が日々直面している課題を整理してみましょう。
採用業務:応募対応や文面作成に時間を取られる
候補者一人ひとりに合わせたスカウトメールの作成や、膨大な数の応募書類の確認、面接日程の調整連絡など、採用業務はコミュニケーションコストが高い作業の連続です。特に、魅力的な求人票やスカウト文の作成には多くの時間を費やしているのではないでしょうか。
育成・評価:人材データが点在し、分析が進まない
社員のスキルデータ、研修履歴、過去の評価記録などが異なるシステムやファイルに散在し、一元的に分析できていないケースは少なくありません。そのため、客観的データに基づいた育成プランの立案や、適材適所の人員配置が進まない原因となっています。
人事企画:経営層への報告資料作成に膨大な時間がかかる
従業員満足度調査の結果や、離職率の推移、人材育成の進捗など、経営層に報告するための資料作成は人事企画の重要な業務です。しかし、各所からデータを集計し、グラフ化して示唆をまとめる作業に膨大な時間がかかり、本来行うべき分析や戦略立案に手が回らないのが実情です。
共通課題:業務の属人化とナレッジ共有の遅れ
「この業務はAさんしかわからない」といった属人化は、人事部門の大きな課題です。優秀な担当者の退職によってノウハウが失われたり、部署内でのナレッジ共有が遅れたりすることで、業務効率は著しく低下します。
【課題解決の実践】生成AIは人事の仕事をこう変える
人事部門が抱える課題に対し、生成AIを具体的にどう活用すれば解決できるのか。「Before→After」形式で、その実践的な使い方を見ていきましょう。
採用領域:AIでスカウトメールの作成時間を8割削減
「応募対応や文面作成に時間を取られる」という課題の解決は、生成AIの最も得意な領域です。候補者の職務経歴書と求人票の要点を瞬時にマッチングさせ、パーソナライズされた質の高いスカウト文を短時間で作成できます。
| Before(手作業) | After(生成AI活用) | |
|---|---|---|
| 作業内容 |
職務経歴書を熟読し、 | 職務経歴書と求人票をAIに読み込ませ、ドラフトを生成 |
| 作成時間 | 1通あたり15分 | 1通あたり3分(ドラフトの確認・修正のみ) |
| 文面の質 | 担当者の経験や体調に左右されがち | 常に一定の質を保ち、候補者に響く訴求点を複数提案 |
【AIに指示する際のヒント】
「あなたは優秀なヘッドハンターです。以下の職務経歴書を持つ候補者に対し、下記の求人票の魅力を伝え、応募を促すスカウトメールの文面を3パターン作成してください」
育成・評価領域:AIで質の高いフィードバックコメントを作成
「人材データが点在し、分析が進まない」という課題に対し、まずは評価コメント作成のような定型業務からAIを活用することで、管理職の負担を軽減し、より質の高い対話を促すことができます。
| Before(手作業) | After(生成AI活用) | |
|---|---|---|
| 作業内容 | 部下の行動を思い出しながら、ゼロから文章を作成 | AIに行動事実と評価軸を伝え、具体的なコメント案を生成 |
| 作成時間 | 1人あたり30分 | 1人あたり10分(事実のインプットとAI案の修正) |
| 文面の質 | 抽象的な表現になりがち | 具体的な行動に基づいた、納得感のあるコメントを作成 |
【AIに指示する際のヒント】
「あなたは部下の成長を促すのが得意なマネージャーです。部下の『〇〇という行動』を『主体性』の観点から評価する、具体的でポジティブなフィードバックコメントを作成してください」
人事企画領域:AIでサーベイ分析を瞬時に終わらせる
「経営層への報告資料作成に膨大な時間がかかる」という課題は、分析フェーズをAIに任せることで劇的に改善します。特に、従業員サーベイで集まる大量のフリーコメントの要約と分類は、AIが最も得意とする作業の一つです。
| Before(手作業) | After(生成AI活用) | |
|---|---|---|
| 作業内容 | 全コメントを目視で確認し、手作業で分類・集計 | 全コメントデータをAIに読み込ませ、傾向を自動で分析・要約 |
| 作成時間 | 1000件あたり約5時間 | 1000件あたり約10分 |
| 文面の質 | 担当者の主観が入りやすく、見落としも発生 | 客観的な基準で分類し、重要なキーワードを抽出 |
【AIに指示する際のヒント】
「以下の従業員サーベイのフリーコメント全体を分析し、ポジティブな意見とネガティブな意見の主な傾向をそれぞれ3つずつ要約してください」
共通課題:AIで業務マニュアルを作成し、属人化を防ぐ
「業務の属人化とナレッジ共有の遅れ」という課題には、業務手順をAIに記録・整理させることが有効です。担当者が自分の作業を口頭で説明するだけで、AIがそれを構造化されたマニュアルとして書き起こしてくれます。
| Before(手作業) | After(生成AI活用) | |
|---|---|---|
| 作業内容 | 担当者が記憶を頼りに、時間をかけてマニュアルを作成 | 担当者が作業を説明した録音データを、AIが文字起こし・清書 |
| 作成時間 | 1業務あたり約3時間 | 1業務あたり約30分(録音とAI生成文の確認) |
| 文面の質 | 担当者の思い込みで、重要な手順が抜けることがある | 抜け漏れなく、客観的な手順書として構造化される |
【AIに指示する際のヒント】
「以下の会議録は、年末調整の業務手順に関する説明です。この内容を基に、新任担当者向けのステップ・バイ・ステップ形式の業務マニュアルを作成してください」
実際に生成AIを活用している企業の事例を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
現場のリアルから見る、生成AI導入の壁
生成AIの導入は簡単なことばかりではありません。多くの企業が直面する「壁」を知ることで、事前に対策を打つことができます。
使いこなせる人がいない
「新しいツールは難しそう」「今のやり方を変えたくない」といった心理的なハードルが、実は最大の壁です。高度なITスキルは不要ですが、まずは試してみようという前向きな姿勢と、部署内での成功体験の共有が定着の鍵となります。
精度が不安
AIの回答が常に100%正しいとは限りません。それを知らずに過信して使えば、誤った情報に基づいて判断してしまうリスクがあります。逆に、「一度使って期待外れの回答が出た」だけでAIは使えないと過小評価してしまうのも問題です。AIはあくまで「優秀なアシスタント」と捉え、最終的な判断は人が行うというバランス感覚が重要です。
効果が見えづらい
「なんとなく業務が楽になった」だけでは、経営層を説得し、本格的な導入に進めるのは困難です。「スカウトメールの返信率が◯%向上した」「レポート作成時間が◯時間削減できた」など、導入前に具体的な成果指標(KPI)を設定しておくことが、効果を可視化する上で欠かせません。
人事担当者のための生成AI活用実践ステップ
課題を乗り越え、生成AIをうまく活用するにはどうすればよいのでしょうか。成功の鍵は「スモールスタート」です。

Step1:小さく試す
まずは部署内で課題となっている業務を1つだけ選びましょう。「スカウト文の作成」や「議事録の要約」など、成果が見えやすく、失敗しても影響が少ない業務から始めるのがおすすめです。
Step2:成果を共有する
「このプロンプトを使ったら、作業時間が半分になった」といった小さな成功体験を、必ずチーム内で共有しましょう。その際に、他の人も同じ成果を出せるよう、具体的な手順やプロンプトをセットで共有することが重要です。
Step3:チームで使う
個人の活用に留めず、効果的だったプロンプトをチームの共有財産として蓄積していく仕組みを作りましょう。これにより、チーム全体の生産性が向上し、AI活用が部署の文化として定着していきます。
Step4:データ管理とセキュリティ対策を忘れない
チームでの活用が進んだら、改めて情報管理のルールを明確にします。個人情報や会社の機密情報を入力しない、法人向けのセキュリティが担保されたサービスを検討するなど、リスク対策を徹底しましょう。
成果を高めるプロンプト設計のコツ
生成AIの性能は使い方、特に「プロンプト(指示文)」の質に大きく左右されます。ここでは、すぐに使えるプロンプト例と、良いプロンプトの共通点をご紹介します。
採用広報で使えるプロンプト例
#命令書 あなたは、IT業界未経験の若者に響く採用広報文を作成するプロのコピーライターです。以下の情報を基に、求人サイトに掲載する魅力的な募集要項のドラフトを作成してください。 #コンテキスト ・会社名:株式会社〇〇 ・事業内容:中小企業向けSaaS開発 ・募集職種:Webエンジニア(ポテンシャル採用) ・ターゲット:20代で、独学でプログラミングを学び始めたIT業界未経験者 ・伝えたい魅力:研修制度が充実しており、未経験からでも3年で一人前のエンジニアになれるキャリアパスがあること。残業が少なく、ワークライフバランスを重視していること。 #出力形式 ・タイトル ・キャッチコピー ・仕事内容 ・求める人物像 ・歓迎スキル ・勤務条件
評価コメント生成で使えるプロンプト例
#命令書 あなたは、部下の成長を促すフィードバックが得意な人事マネージャーです。以下の情報を基に、評価面談で伝えるためのポジティブな評価コメントと、今後の成長を期待するコメントを、それぞれ150字程度で作成してください。 #コンテキスト ・部下の行動事実:担当したプロジェクトで、自ら課題を発見し、関係部署を巻き込みながら粘り強く改善提案を続け、最終的に業務効率を15%改善した。 ・評価軸:「主体性」の項目でS評価。 #出力形式 1. ポジティブな評価コメント 2. 今後の成長を期待するコメント
社内研修企画で使えるプロンプト例
#命令書 あなたは、企業の研修企画を専門とするコンサルタントです。以下のテーマで、若手社員向けのリーダーシップ研修を企画しています。研修の目的を達成するための具体的なコンテンツ案を3つ提案してください。 #コンテキスト ・研修テーマ:次世代リーダー育成 ・対象者:入社3〜5年目の若手社員 ・研修の目的:チームを牽引するためのリーダーシップと、後輩指導のスキルを身につけること。 #出力形式 ・各コンテンツ案のタイトル ・コンテンツの概要(どのようなワークを行うか) ・このコンテンツで得られる学び
良いプロンプトの共通点
- 文脈・目的を具体的に伝える:AIに役割を与え(あなたはプロのコピーライターです等)背景情報を詳しく説明する。
- 出力形式を指定:箇条書き、表形式、文字数など、アウトプットの形を明確に指示する。
- AI任せにせず人の最終確認を行う:AIが生成したのはあくまで「ドラフト」。最後の仕上げは必ず人が行う。
人事で生成AIを活用する際のリスクと注意点
便利なツールである一方、企業として利用するにはリスク管理が不可欠です。最低限、以下の点は必ず押さえておきましょう。

情報漏えいリスク
入力したデータがAIの学習に使われる可能性があります。社員の個人情報や、未公開の経営情報といった機密データは絶対に入力してはいけません。
誤情報リスク
生成AIは、もっともらしい嘘の情報を生成すること(ハルシネーション)があります。生成された情報は必ずファクトチェックを行い、うのみにしないことが鉄則です。
著作権・倫理リスク
AIが生成した文章や画像が、既存の著作物を無断で学習した結果、著作権を侵害してしまう可能性がゼロではありません。特に社外向けのコンテンツに利用する際は注意が必要です。
依存リスク
AIに頼りすぎることで、自ら考える力や文章を作成する能力が低下するリスクも指摘されています。あくまで思考を補助するツールとして、健全な距離感を保つことが大切です。
導入・運用コストの見落とし
高性能な法人向けプランには月額費用がかかります。また、全社的に導入する際には、社員への研修コストなども考慮に入れる必要があります。
生成AIは万能ではなく、“人の判断を補完するツール”です。リスクを理解した上で活用することが長期的な成果につながります。
AIでは代替できない“人の目”が必要な領域
将来的にすべての業務がAIに置き換わるのでしょうか。答えは「No」です。人事の専門性がより一層求められる領域も存在します。
採用面接の感情・相性判断
候補者の受け答えの裏にある熱意や人柄、企業文化との相性といった非言語的な要素を感じ取るのは、人間の得意領域です。
育成・評価の背景理解とモチベーション設計
評価結果という事実の裏にある、社員一人ひとりの家庭環境やキャリアへの考え方を汲み取り、モチベーションを高めるための対話は、人にしかできません。
人事戦略の方向性を決める意思決定
AIが提示するデータや分析結果を基に、自社の理念やビジョンと照らし合わせ、最終的な人事戦略の舵取りを行うのは、経営層と人事の重要な役割です。
まとめ
本記事では、人事部門が抱えるリアルな課題を起点に、生成AIの具体的な活用法から導入の壁、リスク対策までを解説しました。
生成AIは、人事業務を自動化するだけの万能ツールではありません。私たちが定型業務から解放され、より戦略的で創造的な仕事に向き合うための強力なアシスタントです。重要なのは、AIの能力を過信せず、その限界とリスクを正しく理解すること。そして完璧を求めず、まずは一つの業務から「小さく試す」ことです。
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